池澤夏樹

『あやとりの記』も『水はみどろの宮』も、『椿と海の記』だって半分までは、夢でできている。 しかし、水俣は彼女にうつつを見させた。これが現実の人間のありよう、この地獄を作ったのが人間。それをせめて煉獄に変え、救いの道を付けなければならない。そういう声に応じて、四十年に亘ってその声の命じるままに力を込めて書き続け、『苦海浄土』ができた。あの大作では、うつつに踏みとどまらなければという意思と夢の方に行ってしまいたいという誘惑の力が拮抗している。